新しい日常には、色取りを添えて
新型コロナとの生活は、私たちの行動範囲を狭めてきた。移動の自由や範囲の制限を受け、業務のテレワーク化や学校の休校措置など、自宅で過ごす時間が増大した。また各地の家庭ごみ量が増えたとも聞く。家の片づけ、断捨離により衣類や耐久消費財、書籍等、モノの要不要の判断がなされたわけだ。
長年の“積読本”を整理し、自宅の空間に収まるよう、筆者も断捨離を行った。苦労したのはここから。“要”と刻印した書籍が本棚にしっくりと収まらない。本の天地寸法で順序良く並べても空々しい。ふと見ると、一冊ごとに曖昧ながら記憶している装丁は、各々あでやかな色を持つ。装丁色と背表紙でコンポジションを組んだらどうだろう。日頃あまり意識しない、本がもつ色と形を決め手に、書棚での小さな遊びに心和んだ。
人の記憶には、瞬時の感覚記憶、30分程度の短期記憶、ライフタイムの長期記憶がある。長期記憶に保存される対象物の色を「記憶色」と呼ぶらしい。記憶色は、実際の色より高明度、高彩度に保持される特徴を持つ。確かに、並べ替えた本棚を眺めると、それぞれの本の記憶色は実物より鮮やかに感じる。強いられたコロナとの生活で、本がもつ記憶色との再会、書棚での色と形の組合せ作業は、生活の所作に、日頃気づかない色への関心を呼び起させた。
日々の生活は些事の連続である。形や色をもつ出来事が強弱に連なっていく。生活の細部は、音や匂い、味、形や色としてやがて記憶に堆積する。映画「この世界の片隅で」では戦中の広島の街並みが、資料と証言をもとに精緻に再現されていた。当時を知る方による記憶の街並画集が、大いに手助けとなったらしい。純化された記憶色も、“想い”として込められていたかも知れない。
U.Geインタビュー調査でも、幅広い年齢層に“生きてきた時代”や“今の時代”、“これからの時代”のイメージを、言葉や色で語って頂いた。人生を貫く、イメージと色への問いである。回答では、言葉が優先し、一般的な色イメージが言葉に添えられているようにも見えた。次回インタビュー調査では、過去の体験や生活に宿る記憶色から、その出来事を語ってもらうのも面白いと思う。
「新しい日常」はやってくる。マイクロツーリズムといった、自宅から2時間圏内の、歴史や文化、自然など、日常の身近な事柄との関わりが見直されている。生活の細部に目を向け、手掛かりとして“色”を探してみてはどうか。色にまつわる「想い」が、日常を少し豊かにするかもしれない。少し寄り道をして身近にあふれるモノやコトに触れ、未来にもつながる色の記憶へと、目を向けてみるのもいいだろう。
記・(株)神津仕事室 代表 神津昌哉