1. HOME
  2. U.Ge Lab
  3. 「ホッとする、こと・もの・ところ・とき」②

U.Ge Lab

U.Ge Lab コラム

「ホッとする、こと・もの・ところ・とき」②

今回のコラムのテーマを聞いた時、「ホッとする」ってどういう感じかなぁと、あらためて考えました。辞書的には、安心して一息つく。胸を撫で下ろす。で、英語翻訳アプリにも聞いてみると「I feel relieved」が一番に出てきました。Relieve=緩和、和らげる、安心、、と言う意味なので、そこは似たような感じですが、例文の「テストに合格して、、」「パスポートが見つかって、、」「安否が確認できて、、」となると、「ホッとする」の小生の感じは「feel relieved」とは少しニュアンスが異なる気がします。合格したり、何かが見つかったり、確認できたり、ということなの?そういう特別なことではないぞと。。。

上野駅って、開業して今年140周年なんですね。東北の方々の玄関として多くの乗降客を迎えてきた歴史。ネットで昭和から利用してきた常連さんが、周年式典の袖でインタビューされていました。「ずいぶん前から利用しています。上野駅、なんとなくホッとするんですよね、ここに来ると」。分かる、分かる、そういう「ホッ」。特別なことではない、なんとなくの「ホッ」がいい!という思いに至ったことに「ホッ」とし、コラムに対する立ち位置が決まりました。特別なことではない「ホッとする」のお話をさせてもらいます。

2001年、千葉県のとある街に小さな拙宅を建てました。建売ではなく注文住宅。と言っても、色々制約がありましたが、これはお願いしたい!というのが「ウェルカム・ツリー」でした。季節により葉を落としてしまうのではない常緑樹が好みで、白樫を選び、玄関へ通じる枕木を並べたアプローチの手前に土のベースをレンガで丸く仕切り、そこにヤマツツジと共に植えてもらいました。当時の白樫くん、幹の太さは片方の指で握れる位、高さも3メートルも無かったですかね。鳩や雀たちも遠慮するような可愛いものでした。
その後の成長は目を見張るもので、若葉の季節の新緑の美しいこと、土の下で元気に広がる根の存在は見ることは出来ませんが、上部の生命力に溢れた枝の広がりを見るに、容易に想像がつきます。季節は巡り、年を経る毎に、細かった幹は両手の指で輪を作っても届かぬ太さに成長し、高さも2階のベランダを優に超えて、日差しを避けたい今の夏の時期には十分な影を落としてくれています。フンは困りますが、鳩や雀たちも招待されて、休んだり、遊んだり、強い風を避けたり、雨宿りしたりと、葉ずれの音、囀りの声を聞かせてもらっています。

2階リビング。南東面、大きな掃き出し窓と腰窓を設けています。その窓から葉っぱの先端が見えた!と喜んだ、あの頃から、今ではベランダ越しに背を伸ばし、成長した白樫くんの濃い緑の葉の重なりが風に揺れています。窓面に向けレイアウトしているエスニック調のベンチソファに腰掛けて、寝そべって、床に座りソファにもたれかかり。家族揃ってリビングでお茶をしたり、テレビを見たり、お喋りをしたり、ゲームをしたりの普通の生活のシーン。そんな時、視界の隅に、いつも、意識するでもなく、そこにある。
植樹から20年以上の時が流れました。我が家では誰かが出掛ける時は出来るだけ玄関を出て見送る、帰宅の時は出迎える、というゆるい決まり事がなんとなくあるのですが、毎朝毎晩、白樫くんの脇を通り抜け、家族それぞれが、勤めに、学校に、遊びに、そしてデートに出かけたりの日常がありました。玄関ドアからバタバタと小走りで出掛けたり、嬉しいこと、悲しいこと、時に重い足取りで、色々な思いを持っての帰宅の際に、枝の下をくぐって。当時は小学生だった娘たちは、成長を共にした白樫くんにも見送られ、嫁いでいきました。そんな時も、視界の隅に、いつも、意識するでもなく、そこに。
「ホッ」
駅からの帰宅の道のり。最後のコーナーを曲がると見える白樫くんのシルエットを見た時。家族のみんなも、同じような気持ちになっているんだろうな。元気な顔を見せてくれる娘たちも、白樫くんを見上げ、見上げてきた年月を思い出しながら抱き続けてくれるんだろうな、と。
以上、特別なことではない、なんとなくの「ホッ」なお話しでした。

凸版印刷株式会社 環境デザイン事業部
クリエイティブ戦略担当  井ノ口清洋