多色に彩られた大気光象を目にすることができた時、心が喜び、晴れやかな気持ちになりませんか。光象自体の美しさに加え、偶然性や儚さといった繊細な美への礼讃もあります。私は吉兆といわれる大気光象のなかでも、色彩のグラデーションに魅せられます。虹、幻日、彩雲、天頂弧、水平弧。
古くから、虹をモチーフにして希望や夢を伝える歌が作られてきたように、色彩のグラデーションに明日への願いを連想します。

これらの光象に代表されるマルチカラーのグラデーションは、最近のカラートレンドの一つであり、工業製品にも見られるようになってきました。これまでは、諧調を均一に施すことが難しく工業製品では敬遠されてきました。しかし、自動車ブランドのMINIから発売された3色からなるマルチトーンルーフは、その1台1台のグラデーションの微妙な違いこそが‘唯一無二の個性を持つクルマとしての魅力’であると謳っています。昨今、既存の枠にはめず、多様性を尊重する社会風潮が高まる中、均一でなくてはならないとされてきた工業製品でも、均一でないことこそ個性の魅力と言い切るブランドの姿勢は新鮮です。曖昧で感覚的な印象のある色彩グラデーションのトレンドは、まさに人が中心の世の豊かな多様性の象徴でもあります。

つい最近、色彩のグラデーションが注目される場面もありました。世界中がパンデミックに翻弄される中、賛否両論ありながらも、一年延期された2021年7月23日に2020東京オリンピックが幕を開けました。コロナ禍での開催に、個人的にはそれほど興味を持てなかったものの、開会式で続々と入場する各国選手が纏うユニフォームや衣装に魅了され、華やいだ気分になりました。多彩なグラデーションによる色彩表現の見事なこと。有彩色から有彩色への華やかな色彩のグラデーション、ヘアーのカラーリングに取り入れる選手も見られました。色彩を生業にしている自分自身が、これほど色によって心を揺さぶられたことに心地よい驚きを感じ、改めて色彩の力を認識しました。東京オリンピックに集った選手たちは、鮮やかなグラデーションにのせて前向きなエネルギーを世界中に届けたのではないでしょうか。

終息の見えないコロナ禍、世界各地で起こる自然災害や闘争がニュースとして流れてくる日々、多彩なグラデーションは、多様性の豊かさを象徴すると同時に、吉兆の色彩トレンドとして沈んだ世を塗り替え、明日への希望を現実のものする一助となることを願います。

2021年 夏 撮影
BASFジャパン(株) カラーデザイン・アジアパシフィック 松原千春