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U.Ge Lab コラム

「ホッとする、こと・もの・ところ・とき」⑥

 私のホッとする「ところ」、それはクヌギの雑木林だ。こんな思い出がある。

 かつて私の両親は養蜂業を営んでおり、自宅の庭先以外にも採取する蜜の種類によって養蜂場を変えていた。蜜はアカシアやクリ、レンゲが中心だった覚えがある。我が家は家族総出で自宅から近隣のやま(雑木林のある里山)へ定期的に通い、朝から夕までの時間をそこで過ごしていた。

 自家用ワゴン車の荷台には、自宅で修理した巣箱や現地で飼育するための道具、蜜を採取する遠心分離機がギュウギュウに積み込まれる。時季によってはミツバチの餌となる砂糖水がたっぷりと入った一斗缶も。運搬中は車内の揺れでタプンタプンと良い音をたてていたものだ。それから忘れてはいけないのが燻煙器。これはハチの興奮を鎮め安全に作業するためのアイテムとして重要だ。

 両親がハチの世話をしているあいだ、私を含め3人のきょうだいは雑木林の駐車場を拠点に辺りを散策して回るのが日課だった。夏はカブトムシやクワガタ、トンボを何十匹も数えられないくらい捕まえたし、時にはガサガサと落ち葉をうごめく蛇に遭遇したり、巨大な蛾に追いかけられるといった恐怖体験もあった。秋は山中に自生しているアケビやキノコの採取を楽しんで、冬はあまり外に出ず車内でカセットテープの音楽を聴いたり読書をしたりゲームウォッチをして過ごした。春先はイチゴのビニールハウス。農家さんから「おやつにどうぞ」ともらえる採りたてイチゴが嬉しくて、受粉作業用に設置する巣箱運びを手伝ったり、ハウス内を見回ったり、と、学校の無い日曜日は一年中あちらこちらへドライブをしていた。子供ごころには、家路に着く途中にある国道沿いのドライブインで食事をするのも楽しみだった。「今日はどこで何食べる~?」と。雑木林を見かけると、そんな子供時代のあれこれを思い出し、ホッとする。

 おわりに、近年はミツバチの生態が危機に瀕しており地球規模の環境問題とセットで語られることが多い。国連環境計画(UNEP)によると世界の食料の9割を占める100種類の作物種のうち、7割はミツバチによって受粉を媒介されているそうだが、コロニー数の減少は人間を危機にさらすとさえ言われている。大変だ!

 私にとってミツバチは見かけるとホッとする「いきもの」。家族がミツバチを中心に回っていたあの頃に思いを馳せつつ、末永く生態を見守っていきたいと強く思う。

富士通株式会社 デザインセンター エクスペリエンスデザイン部 深谷 正子